三十代に差しかかった頃、僕は鏡を見るたびに深いため息をついていた。シャワーを浴びれば排水溝が黒くなり、朝起きれば枕に散らばる抜け毛にうんざりする。遺伝だから仕方がないと諦めつつも、日に日に薄くなっていく頭頂部は、僕の自信を静かに、しかし確実に奪っていった。そんな僕を見かねたのか、会社の先輩が「気分転換に一緒に走らないか」と誘ってくれた。正直、運動なんて学生の時以来で気は進まなかったが、断る理由もなく、週末の朝、近所の公園を一緒に走ることになった。最初はわずか3キロで息が上がり、全身が鉛のように重かった。しかし、走り終えた後の爽快感と、心地よい疲労感は、久しぶりに感じる感覚だった。それから、僕は週に二、三回のペースでランニングを続けるようになった。走り始めて一ヶ月が過ぎた頃、僕は自分の体に起こった小さな変化に気づき始めた。まず、夜、布団に入るとすっと眠れるようになったのだ。これまで寝つきが悪く、夜中に何度も目が覚めていたのが嘘のようだ。そして、深く眠れるようになったおかげか、朝の目覚めが格段に良くなった。食生活も変わった。走るためにはエネルギーが必要だと知り、ジャンクフードを避け、タンパク質や野菜を意識して摂るようになった。体が変わると、心も変わる。ストレスでイライラすることが減り、物事を前向きに考えられるようになった。そして、走り始めて半年が経ったある日、髪をセットしている時にふと気づいた。以前よりも髪にハリとコシが出て、根本が力強く立ち上がっている気がするのだ。もちろん、フサフサになったわけではない。でも、明らかに髪の毛一本一本が元気を取り戻していた。ランニングだけで薄毛が治ったわけではないだろう。ランニングをきっかけに、睡眠、食事、ストレス管理といった生活の全てが良い方向へと回り始めた結果なのだと思う。僕にとってランニングは、髪を生やす魔法ではなく、失いかけていた生活と自信を取り戻すための、最高のきっかけだったのだ。